* * * * ――そしてやって来た、会長・篠沢絢乃のお披露目の日。 その朝、わたしはある決意を胸に秘め、自室の洗面台の前に立った。 丁寧に泡立てた洗顔フォームで顔を洗い、自慢のロングヘアーをブラッシングして、ウォークインクローゼットに足を踏み入れた。「――よし!」 勇ましい気持ちで手にしたのは学校の制服である白いブラウスとブルーグレーのプリーツスカート、クリーム色のブレザーに赤いリボンの一式と、黒のハイソックス。制服姿で就任会見に臨むことで、〝女子高生と大財閥の会長〟の二刀流に挑むわたしの並々ならぬ決意を示すことにしていたのだ。 神聖な気持ちで身支度を整え、姿見に全身を映すと、同じ制服姿だけれど普段と違うわたしが見えた気がした。「――おはよう、絢乃。もう支度できてる?」 廊下から母の声がした。どうやら史子さんではなく、母自らわざわざ呼びに来たらしい。「は~い、もうバッチリだよ! 今行くね!」 わたしはウォークインクローゼットを出ると、大きな声で呼びかけに答えた。 通学用の黒いピーコートとスクールバッグを手に廊下へ出ると、グレーのパンツスーツ姿の母が軽く眉をひそめた。「あなた、その格好で会見をやるってことは……。何を言われても覚悟はできてるってことでいいのね?」 その言い方は、非難しているというよりむしろ母親としてわたしのことを心配しているようだった。「うん。わたしなら大丈夫だよ。後継者として指名された時から決めてたことだから」 わたしの覚悟の大きさを感じ取ったらしい母は、「分かった」と納得してくれた。「じゃあ、朝ゴハンにしましょう。九時ごろに桐島くんが迎えに来るから」「そうだね。彼も今日、本格的に秘書デビューだもんね。きっと張り切って迎えに来るよ」 彼の話になるたびに、わたしの表情はついつい緩んでしまう。やっぱりこれって、恋の魔力のせい……?「――それにしても、その潔(いさぎよ)すぎる性格といい、一度決めたら絶対に曲げない意志の強さといい。絢乃はホント、パパにそっくりだわ」「そうかなぁ? じゃあ、ママにそっくりなところってどこだと思う?」 わたしが首を傾げると、母は大まじめな顔で「顔かしらね」と答えた。 * * * * ――九時少し前。わたしと母が朝食を済ませ、優雅にコーヒー(わたしは父に似てコーヒー好き
「じゃあママ、行こっか」「ええ。――史子さん、行ってきます」 史子さんに「行ってらっしゃいませ」と笑顔で見送られながら、わたしたち親子は出陣したのだった。「――絢乃会長、加奈子さん。おはようございます」「おはよう、桐島さん。……あ、そのスーツ……」 カーポートで待ってくれていた貢に挨拶を返したわたしは、彼が真新しいネイビーのスーツに身を包んでいることに気がついた。「ああ、これですか。絢乃さんがプレゼントして下さったネクタイに合わせて新調したんですよ。どうです、似合いますか?」 彼は嬉しそうに、ストライプ柄の赤いネクタイに手をやった。「……うん、すごくカッコいいよ。でも、このためにわざわざ新しいスーツまで買うとは思ってなかったから、ちょっとビックリしちゃって。それ高かったんじゃない?」「いえ、量産品なのでそんなにかかりませんでしたよ。ですからご心配なく」「それならいいんだけど。桐島くん、その時の領収書かレシートがあったら、その分絢乃に清算してもらえるわよ」「えっ、そうなんですか?」 突如会話に割って入った母のアドバイスに、彼は目を丸くした。そして、わたし自身も、そんな仕組みがあったと知ったのはその前日のことだった。「そうらしいよ。わたしも昨日まで知らなかったんだけど。あと送迎にかかったガソリン代も、レシートがあったらちゃんと清算するから」「しかも経理部を通さずに、絢乃個人がね。これ、会長秘書だけの特権なのよ。衣服代とか交通費は会長から直接清算されるシステムなの。夫が始めたことなのよ」「へぇ……、それは助かります。会長秘書って仕事量も多そうですけど、それに見合ったメリットもあるわけですね」 彼はこの時ほど、「会長秘書になってよかった」と思ったことはなかっただろう。激務に追われる分月給も他の部署より高く、好待遇なのだから。そうでなければ、好きこのんで選ぶ職種ではないと思う。貢はどうだか知らないけれど。「そう。だからこれから一緒に頑張ろうね!」「はいっ! では、車内へどうぞ。ここでは寒いですから」 後部座席のドアを開けてくれた彼にお礼を言い、わたしたち親子は暖房の効いた車内のシートに腰を下ろしたのだった。
――クルマをスタートさせる前に、わたしと母は貢からネックストラップ付きのIDカードを手渡された。 これは彼も持っている社員証とほぼ同じもので、それぞれ違う十二ケタのナンバーとカタカナ表記の名前が刻字されている。彼のものと違う点は、顔写真と部署名が入っていないことくらいだろうか。「これからお二人は、このIDを入構ゲートに認証して頂くことになります。紛失されると再発行の手続きが面倒なので、くれぐれも失くされないようにお願いします」「分かりました。失くさないように気をつけるね」 手続きが面倒、という部分に彼の本音が滲んでいる気がして、わたしは苦笑いしながら答えた。「――ところで絢乃会長。そのお召し物は……、通われている学校の制服……ですよね」「ん? そうだよ」 視線を落としてスカートの裾に入った赤い一本のラインを見つめていると、彼にそんなことを訊ねられた。彼はそれまでにも何度かわたしの制服姿を見ていたはずだけれど、この日は状況が違うので、彼が疑問に思ったのは無理もなかっただろう。「……それが、あなたの並々ならぬ覚悟の表れということですね。どんな批判も甘んじて受け止める、と」「うん。理解してもらえて嬉しいよ。もしかしたら、貴方には反対されるんじゃないかって心配だったから。でもこれがわたしの信念なの」「まぁ、いくら反対したところで無駄なんだけどね。この子、あの人に似て頑固だから」 母は半分諦めたように肩をすくめた。「頑固」という言い方はちょっと不本意だったけれど、一本筋がとおっているという意味ではまぁ違わないかな。「僕も正直、心配ではあるんですが……。ボスがお決めになったことに、秘書が異議を唱えることはできませんから。できる限り応援はしたいと思っています」「ありがとう、桐島さん!」「では、そろそろ参りましょうね」 ――そうして、シルバーのレクサスは丸ノ内へ向けて走り出した。 * * * *「――とりあえず、今日の会見用に簡単なスピーチ原稿を用意しておきました。会社へ着きましたら、会見の前に確認しておいて頂けますか?」 彼は秘書らしい口調で(「秘書らしい口調」ってどんなものなのか、わたしにもよく分かっていないのだけど)、わたしに言った。「分かった。ホントに作っといてくれたの? ありがとう! でも最初からそんなにマメすぎると後からスト
彼のハラスメント被害を知らなかった母が、首を傾げた。そんな母に、わたしが知っている限りのことを話して聞かせると、母は「う~ん」と唸(うな)った。「あら……、あなた苦労してたのねぇ。多分、あの人も知らなかったんじゃないかしら。知っていたらもっと早く助けてあげられたのに」 母も言ったとおり、父はハラスメントのことを把握(はあく)していなかったとわたしも思う。でなければ、あの社員思いだった父が何もしなかったわけがない。「いえいえ、お気になさらず。もう終わったことですから」 彼は部署を異動したことで解放されたんだから、もう大丈夫だろうと思った。「――そういえば、今日の会見はTV中継されるだけでなくネットでも同時配信されるそうですよ。そしたら絢乃会長は一躍(いちやく)有名人になりますね」「あら! そしたら毎日メディアから取材の依頼が殺到して忙しくなるわね! 母親の私も鼻が高いわ」「え…………。それでグループの評判が上がるのはいいけど、わたし個人まで有名になっちゃうのはちょっと……」 貢の言葉で一緒になって盛り上がっている母をよそに、わたしは困惑していた。 企業のトップとして世間の表舞台に立つのと、悪目立ちするのとはわけが違う。ただでさえわたしは人前に立つことが苦手なのに、有名人として祭り上げられてしまったら最後、プライバシーもヘッタクレもなくなってしまう。あくまで仕事と私生活は別、プライベートではひとりの普通の女の子でいたかった。「ねえ、桐島さん。盛り上がってるところ悪いけど、お願いだから、受ける取材は最低限の数に絞ってね。でないとわたし、絶対にキャパオーバーになっちゃうから」 わたしは運転席のヘッドレストを掴み、彼に切実に訴えた。「分かってますよ。あなたが忙しくなりすぎたら、秘書である僕自身の首も絞めることになってしまいますからね。そこはこちらでどうにか調整します」「よかった! ありがとう!」 わたしは別に、「取材は一切受けません」と言うつもりなんてなかった。経営者となった以上は、少しくらい顔を売ることも必要なのだと父から学んでいたし、それが元で、新しい業種や業界との繋がり(コネクション)ができることもあるからだ。でも、必要以上の取材を受けてしまうとわたしもキャパオーバーになってしまうし、何より本業である仕事と学業にも支障をきたす恐れもあった
「僕は秘書として、あなたに気持ちよくお仕事をして頂けるよう、これから色々な工夫をしていこうと考えてます。――絢乃さん、コーヒーお好きですよね?」「えっ? うん。でもどうして分かったの?」 わたし、彼に自分がコーヒー好きだと話したことあったっけ? 「お父さまの火葬中、号泣された後にカフェオレをお飲みになっていたので、多分そうではないかと」「あ、そっか。よく憶えてたね」「ええ。僕も大のコーヒー好きなので、同じコーヒー好きの人は何となく分かるんです。実は昔、バリスタになりたいと思っていたこともあったので、淹(い)いれる方にも凝っていて……。それで、絢乃会長がご休憩される時に、僕が淹れた美味しいコーヒーをぜひ飲んで頂こうと考えているんです。ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが」「……そうなんだ。それは楽しみ」 わたしは顔を綻ばせながら、初めて彼に家まで送ってもらった夜の会話を思い出した。彼にははぐらかされたけれど、これが彼の夢だったのか……。「ところで桐島くん、私は紅茶党なんだけど。あなた、紅茶も淹れられるの?」「申し訳ありません。紅茶はちょっと専門外なので……、これから勉強させて頂きます」 彼は母の無茶ぶりにも、誠心誠意答えていた。まさか本気で紅茶の勉強まで始める気だろうか?「――さて、もうじき着きますね」 彼の言葉で窓の外を見ると、赤レンガでできたレトロなJR東京駅の駅舎が見えていた。 ――パパ、いよいよ約束を果たす時が来たよ。わたしは空を見上げて、天国にいる父に心の中で語りかけた。
――篠沢商事の丸ノ内本社ビルは地上三十四階、地下二階の三十六階建ての超高層ビルだ。 地下駐車場でクルマを降りたわたしたち三人は、地下一階の出入り口にある入構ゲートを抜けるとエレベーターに乗り込み、記者会見の会場となる二階の大ホールへ向かった。IDカードはエレベーターの中で首から提げた。「――今日の会見で司会を担当するのは、総務課の久保(くぼ)という男です。憶えていらっしゃいますか? お父さまの社葬の時にも司会進行を務めていたんですが」「……ああ、何となく憶えてるかも。ちょっと軽い感じの人だよね、確か」 久保さんという男性のことが記憶に残っていたのは、彼の持つ雰囲気がお葬式という場から少し浮いているように感じていたからだった。それは〝場違い〟という意味ではなくて、見た目が何となくチャラチャラしているように見えたからなのだけれど。「……う~ん、確かにアイツはちょっとチャラチャラしてますよね。特に妙齢(みょうれい)の女性に対しての態度が」 貢のコメントもなかなか辛辣(しんらつ)だった。あの日が初対面だったわたしでさえそう感じたのだから、同僚として総務で一緒に仕事をしていた貢はわたしより久保さんのことをよく知っているはずなので、実感がこもっていた。「っていうか、司会って広報の人がやるんじゃないんだね」「確かに、そこは僕も不思議なんですよね。もしかしたら元々は広報の仕事だったのに、総務課長が手柄を横取りしたのかもしれません。あの人ならやりかねない」 最後に彼は苦々しく吐き捨てた。わたしはその総務課長さんの人となりを彼の話でしか知れなかったけど、きっとものすごく自分勝手で横暴な人なんだろうなと想像がついた。「まぁ、久保本人に訊いてみないと何とも言えませんけどね。アイツは目立ちたがりなんで、もしかしたら自分から『やりたい』と名乗りを上げたかもしれませんし」「…………うん、なるほど」 わたしは貢ほど久保さんのことを知っているわけではないので、曖昧(あいまい)に頷いておいた。 そうこうしているうちにエレベーターは二階に到着し、わたしたちはホール正面のドアではなく側面のドアから入った。「――絢乃会長、加奈子さん。コートとバッグは僕がお預かりしておきます。そして、こちらが会見のスピーチ原稿です」「ありがとう。……うん、この内容で大丈夫」「よかった」
スピーチの内容は大丈夫そうだったけれど、大丈夫ではないことが別にあった。 ステージ横のカーテン越しにホール内を覗いてみると、新聞社や雑誌社、TV局やニュースサイトの記者と思しきマスコミ関係者が大勢詰めかけ、会見が始まるのを今か今かと待ち構えていた。 わたしはそれを見た途端に極度の緊張状態に襲われ、制服のスカートの裾をギュッと握りしめることでどうにか落ち着きを取り戻そうとした。「――絢乃さん? もしかして緊張されてます?」 わたしの異変に目ざとく気づいた貢が、優しく声をかけてくれた。ここで名前呼びだったのは、彼なりの気遣いだったんだと思う。「うん……。だって、あのカメラ一台一台の向こう側に何万人、何十万人もの人がいるんだって思ったら……」 父が倒れたパーティーの夜、大勢の人の前に出る恐怖はある程度克服(こくふく)できたと思っていたけれど。あの時とはそれこそケタ違いの人数で、緊張感だってあの時の比ではなかった。「う~ん、なるほど……。僕、こういう時によく効くおまじないを知ってますよ。よろしければお教えしましょうか?」「……おまじない?」「はい」と彼は何だか得意げだった。もしかしたら、彼もわたしと同じくあがり症だったのかもしれない。「子供の頃に、母から教わったベタなおまじないなんですけど。『目の前にいるのは人間じゃなく、カボチャだと思え』だそうです」「カボチャ……。確かにベタだね」 わたしは思わず笑ってしまった。昭和の昔からよく知られているベタベタなおまじないを、ボスであるわたしに得意げにレクチャーしてくれるなんて。彼は何ていうか、本当に純粋な人だ。「ありがと、桐島さん。もう大丈夫! 貴方のおかげで、おまじないなしでもやれそうな気がしてきた」 彼のおかげで思わぬ形で緊張が解け、勇気が出てきた。これならスピーチだけじゃなく、質疑応答でどんなことを訊かれても胸を張って答えられそうだと思えた。「そうですか。僕は何も特別なことはしてませんが、お役に立てたようで何よりです」 あくまで謙虚な彼。でも、わたしは彼のそういうところが好きだ。『――お集りのメディア関係者のみなさま、お待たせ致しました。ただいまより、篠沢絢乃新会長の就任会見を始めたいと思います』 演台のマイク越しに、久保さんのよく通る第一声が響いた。――いよいよだ!
「じゃあママ、行こう!」「ええ」 一つ深呼吸をして、わたしたち親子は壇上に上がった。わたし一人じゃなく母も一緒に会見に臨んだのは、母が会長の業務を代行することを発表するためだった。わたしの説明だけで伝わらない部分を、母の口から補足説明してもらうことになっていたのだ。『――本日この場にお集りのメディア関係者のみなさま、TV・ネットワーク上でこの会見をご覧のみなさま、初めまして。わたしが本日付をもちまして篠沢グループの会長に就任致しました篠沢絢乃でございます。これまで亡き父が行ってきたこのグループの舵取りを、まだ高校生のわたしが引き継がせて頂くことになりました』 貢が作成してくれた原稿どおりに、まずはそこまでを一息に話してから周囲の反応を窺ってみた。……案の定、記者のみなさんはわたしの制服姿にざわついていた。この会見はネットでも同時配信されていたというから、ネット上はもっとざわついていたことだろう。『わたしの服装については、これからお話します。わたしは父の遺言で後継者として指名された時から決めていたことがあります。それは、高校生活と会長職との二刀流。つまり、学業と職務との両立を遂げるということです。会長に就任するにあたり、わたしが高校を辞めてしまうことを父は決して望んでいないと思います。――父は遺言書と一緒に、この手紙を遺していました。わたし宛ての個人的な遺書です』 わたしはお守り代わりにブレザーの内ポケットに忍ばせていた封筒を取り出し、中の便箋を広げた。『ここにはこう書かれています。「お前は会長に就任するからといって、楽しい高校生活まで手放すことはない。決めるのはお前だ。いずれこの地位を重荷に感じる時が来たら、他の人間に譲るのも退任するのもお前の自由だ」と。もちろん最初から退任するつもりで後継を受け入れたわけではありませんが、残り一年余りの高校生活に見切りをつけてまで会長という地位に固執する気もありません。ただ、その選択によって業務が滞(とどこお)ってしまうようなことはあってはならないとわたしも思っています。そこで、わたしはその打開策を考えました。わたしが学校にいる間、この篠沢家の当主である母に会長の業務を代行してもらうという考えです』 そこで母が演台の前にやってきて、この考えに自分も納得していること、自分は院政を行うつもりはまったくないということを
「貴方は出会ってから、わたしに色んなことを教えてくれたよね。パパの余命を前向きに捉えることとか、悲しい時には思いっきり泣いていいんだってこと、緊張した時のおまじない、それから」「えっ、そんなにありましたっけ?」 彼はここで驚いたけれど、わたしがいちばん伝えたい大事なことはこの先だ。「うん。……それから、恋をした時の喜びとか苦しさも、わたしは貴方から教えてもらったの。だから、この先もずっと貴方に恋をし続けていくよ」「はい。僕も同じ気持ちです。あなたに一生ついて行きます」「だから、それって花嫁のセリフだってば」 わたしはまた笑った。「――絢乃、桐島くん。式場のスタッフが呼んでるわよ。『そろそろフォトスタジオにお越し下さい』って」 控室のドアをノックする音がして、オシャレなパンツスーツを着こなした母が一人の中年男性を伴って入ってきた。「はい、今行きます! ――絢乃さん、では僕は先に行っていますね。フォトスタジオでお待ちしています」「うん、分かった。また後でね」 控室を後にする彼を振り返ったわたしは、母と一緒に立っている人物に目をみはった。 父に顔はよく似ているけれど、父より少し年上の優しそうな紳士――。「やぁ、絢乃ちゃん。久しぶりだね。結婚おめでとう」「聡一(そういち)伯父さま……」 それは、アメリカから帰国した父方の伯父、井上聡一だった。伯父にも招待状を送っていて、出席の返事はもらっていたけれど、どうして母と一緒に控室を訪ねてきたのかは分からなかった。「今日は、来てくれてありがとう。……でも、どうしてわざわざ控室まで?」「加奈子さんに頼まれたんだ。源一の代わりに、絢乃ちゃんと一緒にバージンロードを歩いてほしい、って。私は父親じゃないが、君の親族であることに変わりはないからね」「…………伯父さま、ありがとう……。パパもきっと喜んでくれてるよ……」 伯父の優しさが心に沁みて、わたしは感激のあまり泣き出してしまった。「あらあら! 絢乃、泣かないで! せっかくキレイにメイクしてもらったのに崩れちゃうわ」「うん、……そうだね。こんな顔で行ったら貢がビックリしちゃうよね」 慌てる母に、わたしは泣き笑いの顔で頷いた。 その後母に呼ばれたヘアメイク担当のスタッフさんにお化粧を直してもらい、わたしはウェディングプランナーの女性に先導され、母
彼はブルーのアスコットタイを結んでいる。これは「サムシング・ブルー」になぞらえたらしいのだけれど……。「貢……、それって新婦側の慣習じゃなかったっけ?」 わたしは婿を迎え入れる側だけれど、とりあえずこの慣習を取り入れてイヤリングと髪飾りをブルーにした。でも、新郎側がこれを取り入れるなんて聞いたことがない。「まぁ、そうなんですけどね。僕も気持ちのうえでは嫁(とつ)ぐようなものなので」「……そっかそっか。まぁいいんじゃない? 今は多様性の時代だしね」 何も古くからのしきたりに囚(とら)われることはないのだ。これがわたしたちの結婚の形、と言ってしまえばそれまでなんだから。「ところで貢、知ってた? ママがこれまで断ってきた、わたしの縁談の数」「いいえ、僕は聞いたことありませんけど。……どれくらいあったんですか?」「聞いて驚くなかれ。なんと二百九十九人だって!」「えっ、そんなにいたんですか!? 逆玉狙いの男性が」 彼はわたしの答えを聞いて、愕然となった。彼の解釈は間違っていない。「ママね、わたしが小さい頃からずっと言ってたの。『絢乃には、本心から好きになった人と幸せを掴んでほしい』って。よかったよー、貢がその中に入らなくて」「そうですね。これが絢乃さんにとって、いちばんの親孝行ですよね」「うん。わたし、貢となら絶対に幸せになれると思う。やっぱり、貴方とわたしとの出会いは運命だったんだよ。貴方に出会えて、ホントによかった」「僕も、絢乃さんに出会えてよかったです。もう二度と恋愛なんてゴメンだと思ってましたけど、そんな僕をあなたが変えて下さったんです。ありがとうございます」 こうして向かい合って、お互いに感謝の気持ちを伝え合えるってステキなことだとわたしは思う。この先もずっと、彼とはこういうステキな夫婦関係を築いていきたい。「絢乃さん、こんな僕ですが、末永くよろしくお願いします」「……何かそれ、もう完全に花嫁さんのセリフだよね」 思いっきり立場が逆転しているなぁと思うと、わたしは笑えてきた。「でも、わたしたちって最初っから一般的なオフィスラブと立場が逆転してるんだよねぇ」「……まぁ、確かにそうですよね」 貢もつられて笑った。今日みたいないいお天気の日には、笑顔での門出が似合う。梅雨の時期なのに今日は朝からよく晴れていて、絶好の結婚式日
――こうして、わたしと貢の関係は恋人同士から婚約関係となった。ちなみに、あの騒動のおかげでわたしたちの関係は世間的に公になったのだけれど、これは喜ぶべきだろうか? 真弥さんはあの日撮影した映像を、自分のアカウントでもXにアップしていて、その投稿は見る間に拡散したらしい。〈彼氏登場! いきなりハイキックとかカッコよすぎww〉〈彼氏、ヒーローすぎてヤバい〉 などなど、称賛のコメントと共に思いっきりバズっていた。 去年のクリスマスイブは彼と二人きりで過ごし、婚約指輪はそこでクリスマスプレゼントとして彼からもらった。小粒のダイヤモンドがはめ込まれたシンプルなプラチナリングで、多分価格もなかなかのものだったはず。彼の男気を感じて嬉しかった。 誕生日にもらったネックレスとともに、この指輪もわたしの一生の宝物になるだろう。 その夜は彼のアパートに泊まり、彼の小さなベッドの上で一緒に朝を迎えた。わたしの後から起きてきた彼と目を合せるのが照れ臭かったことが忘れられない。でも、それが結婚生活のリハーサルみたいに思えて、心躍ったのも確かだ。 三月の卒業式には、母と一緒に貢も出席してくれたので驚いた。母の話によれば、その日は一日会社そのものをお休みにしたんだとか。会長の新たな出発の日だから、社員一丸となってお祝いするように、と。「ママ……、何もそこまでしなくても」と呆れたのを憶えている。 四月最初の日曜日、両家顔合わせの意味も込めて我が家で食事会をした。料理は専属コックさんと母、わたしと史子さんで腕によりをかけて作り、デザートのイチゴのシフォンケーキもわたしが作った。桐島さんご一家のみなさんも「美味しい」と喜んで、テーブルの上にところ狭しと並べられた料理を平らげて下さった。 そこで、わたしと貢は驚くべき事実を知った。なんと、悠さんがお付き合いしていた女性と授かり婚をしたというのだ! 顔合わせの席にはその奥さまもお見えになっていて、お名前は栞(しおり)さんというらしい。年齢は貢の二歳上で、悠さんが店長を務められているお店の常連客だったそう。そこから恋が始まり、お二人は結ばれたというわけだった。……ただ、順番が違うんじゃないだろうかと思うのは考え方が古いのかな……。 そこから彼が我が家で同居することになり、二ヶ月が経ち――。 本日、六月吉日。愛する人と二人で選
「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」「はい。喜んでお受けします!」 彼からの渾身のプロポーズに、わたしは喜び全開で頷いた。エンゲージリングはまだなかったけれど、気持ちのうえではもう、二人の結婚の意思は確固たるものになっていた。 思えば初めてわたしの気持ちを彼に伝えた時、子供っぽい告白になってしまった。でも今なら、彼にとっておきの五文字で想いを伝えられるだろうか。あの時から少し大人になったわたしなら……。「貢、……愛してる」「僕も愛してます、絢乃さん」 わたしたちは熱いハグの後、長いキスを交わした。「――ところで、絢乃さんは高校卒業後の進路、どうされるんですか? 僕、まだ教えて頂いてないんですけど」 帰り道、彼が器用にハンドルを切りながらわたしに訊ねた。……おいおい、今ごろかい。「わたしね、大学には進学せずに経営に専念しようと思ってるの。やっぱり好きなんだよね、会長の仕事とか会社が」「……なるほど」「ママは最初、大学に進んでもいいんじゃないか、って言ってくれたんだけど。最後には折れてくれたの。わたし、これまでよりもっともーっと会社に関わっていきたいから」「加奈子さん、絢乃さんに甘々ですもんね」「うん、まぁね。ちなみに、里歩は大学の教職課程取って、高校の体育教師目指すんだって。唯ちゃんはプロのアニメーターを志して、専門学校に進むらしいよ」 卒業後の進路はバラバラでも、わたしと里歩、唯ちゃんとの友情はこれから先も変わらない。きっと。
「――改めて、貴方には心配をおかけしました」 わたしはいつもの指定席である助手席ではなく、後部座席で彼に深々と頭を下げた。「ホントですよ。あれほど無茶なことはするなと言ったのに。ヘタをすれば、絢乃さん、アイツにケガさせられてたかもしれないんですからね?」 彼はまだご立腹のようだった。でも、それはわたしのことが本当に心配だったからにほかならない。「だーい丈夫だって。そのためにあの頼もしいお二人にも協力してもらったわけだし。いざとなったらボディーガードをしてもらうつもりで――。まあ、結局は貴方に助けられたわけだけど」「イヤです」「…………は?」 彼に唐突に話を遮られ、わたしはポカンとなった。「イヤ」って何が?「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです。……すみません、ダダっ子みたいなことを言って」「ううん、別にいいよ。貴方の気持ち、すごく嬉しいから」 むしろ、ダダっ子みたいな貴方が可愛くて愛おしくて仕方がないんだよ、とわたしは目を細めた。「でも、今日ほどわたしは貴方に守られてるんだなって思ったことはなかったかも。ホントにありがと」 わたしはいつも、自分が彼を守っているんだと思っていた。でも、時々こうやって自分を顧(かえり)みずに無茶なことをしでかすわたしを助けてくれているのは貢だった。それは秘書としても、彼氏としても。「わたし、いつもこうやって貴方のことを助けてるつもりでも、結局のところは貴方に助けられてるんだね」 父の病気が分かってショックを受けた時、父が亡くなった時、親族から心ない罵声を浴びせられた時。それから会長に就任した時もそうだった。彼はいつもさりげなく、わたしの心の支えとなってくれていたのだ。彼の優しくて温かい言葉に、わたしはどれだけ救われてきたか分からない。「今ごろ気づかれたんですか? 僕の大切さが」「……うん、ごめん。でもありがと」「それにしても、僕を守るなら他に方法くらいあったでしょう? あえて僕と離れて、中傷の目を遠ざけるとか」「それは、わたしがイヤだったの。たとえ貴方を守るためでも、貴方と離れるなんてダメだと思った。だったら、一緒にいながら貴方を守る方法を取った方がいい、って。……まぁ、その分お金はかかったし、ちょっと危ない橋も渡っちゃったけど」 傍から見れば
――作戦は無事成功したものの、わたしは何だかワケが分からなかった。わたしもまたドッキリにかけられたような気持ち、というのか……。「……どうして貢がここに? 打ち合わせでは、あの場で登場するのは内田さんだったはずじゃ」「ああ、内田さんから連絡を頂いたんです。今日、絢乃さんが危ない目に遭うかもしれないから、新宿駅前に来てほしい、って」「相手が激昂してる時に、見ず知らずの男が現れたら事態が余計に悪化するかもしれないと思ってな。ここは格闘技を習得した彼氏に花を持たせてやった方がいいかな、って」「内田さん、そういうことは事前に教えておいてくれないと。わたしをドッキリにかけてどうするんですか!」 そういう問題じゃない気もしたけれど、わたしはとにかく一言抗議しないと気が済まなかった。「悪い悪い。でも、桐島さんが間に合ったんだからよかったじゃん」「そうですよ! 僕が間に合ったからよかったですけど、下手したら絢乃さん、本当に危ないところだったんですからね!?」 彼が怒っているのは、わたしのことを本気で心配してくれていたからだ。だからわたしは叱られているのに嬉しかったし、自分の無謀な行動を猛省した。「……ごめんなさい」「でも、無事でよかった……。本当によかった」 彼は深いため息をつくと、ここが公衆の面前だということもお構いなしにわたしをギュッと抱きしめた。「ちょっ……、貢……?」 彼はわたしを抱きしめたまま震えていた。泣いてはいないようだったけれど、それだけでわたしへの心配がどれくらいのものだったかが伝わってきた。 わたしは彼の背中に手を回し、そっと背中をさすった。父の葬儀の日、泣けなかったわたしに彼がそうしてくれたように。「ごめんね、貢。心配かけちゃって、ホントにごめん。……でも、心配してくれてありがと。もっと他に方法はあったはずなのにね。わたし、これくらいの方法しか思いつかなくて」 路上で抱き合っていると、周りが何だかザワザワと騒がしくなってきた。「……とりあえず、クルマに乗って下さい。話はそれからです」「そう……だね」 これ以上のイチャイチャは人目が気になるので、わたしたちは彼のレクサスへと移動することにした。「じゃあ、あたしたちもこれで撤収しまーす♪ あとはお二人でどうぞ♪」「絢乃さん、オレたちこれで五十万円分の働きはしたよな?」
何が起きたのか分からずパニックになっていたわたしを庇うように立ちはだかり、小坂さんにハイキックを一発お見舞いした。「ハイキック、初めて当たった……」 「…………!? な……っ」 一瞬で吹っ飛ばされた小坂さんは、この状況が吞み込めないらしかった。 わたしも呆然となっている場合じゃなかったと気を取り直し、強気な顔に戻った。「真弥さん、今の撮れた?」「はいは~い♪ もうバッチリ」 わたしが目配せすると、建物の陰からスマホを構えた真弥さんと、その後ろに控えていた内田さんが姿を現した。「アンタの裏アカ、あたしが乗っ取っちゃいました☆ 今ねぇ、この様子の一部始終が全国のアンタのファンに垂れ流されてんの。これでアンタ、俳優としても終わったねぇ。はい、ご愁傷さま」「小坂さん、貴方はこれまでにどれだけの女性を弄んで傷つけてきたんですか。女性だけじゃない。わたしの大切な人まで晒しものにした! 貴方、人の気持ちを何だと思ってるんですか! わたし、貴方のことを絶対に許しませんから!」「あんた、どうせ逆玉狙って絢乃さんとお近づきになりたかっただけでしょ? もうバレバレ。甘いんだよ、その考えが」 せせら笑うようにそう言って、真弥さんが腰を抜かしている小坂さんを見下ろした。「わたしは正式に、貴方を名誉毀(き)損(そん)で訴えます。顧問弁護士にはもう、訴訟を起こす準備を整えてもらってるので。ちなみに貴方、事務所をクビになってて後ろ盾はなくなったんですよね? というわけで、訴える相手は貴方個人です。覚悟しておいて」 わたしは次の一言で、彼に完全にトドメを刺した。「この件で、貴方は完全に社会から抹殺されるでしょうね。ご愁傷さま。女をなめるのもいい加減にして!」 この後パトカーが到着し、小坂さんは警察へ連行されていった。前もって内田さんが通報していたのだ。 こうしてイケメン俳優への反撃作戦は幕を下ろしたのだった。
「わたしの親友が貴方のファンなんです。五月に豊洲で主演映画の舞台挨拶なさってたでしょう? 彼女、部活があったから行けなくて残念~って言ってました」 これも真赤なウソっぱちだ。里歩はその頃とっくに彼のファンを辞めていたので、行きたがるわけがないのだ。「へぇ、そうなんだ? 嬉しいなぁ」「豊洲っていえば、ちょうどあの日、わたしもあのショッピングモールにいたんですよ。彼氏と二人で。偶然ですねー」 わたしは彼が気をよくした手ごたえを得ながら、ちょっと強気にカマをかけてみた。「へ、へぇー……。すごい偶然だねぇ。っていうか君、彼氏いるんだ? もしかして、撮影の時に一緒にいたあの男?」 彼は平然を装っていたけれど、明らかに動揺していた。わたしはこんな言葉使わないけれど、里歩や真弥さんなら「ざまぁ」と言うところだろう。「ええ。八歳年上の二十六歳で、わたしの秘書をしてくれてます。お金持ちの御曹司っていうわけじゃないですけど、すごく優しくて頼りになるステキな人です。実はわたしたち、結婚も考えてて。でも彼は決して逆玉狙いなんかじゃなくて、わたしのことを本気で大事に想ってくれてる人なんですよ。わたしも彼のこと、すごく大切に想ってます」「へぇ…………。じゃあ、なんで君は今日、俺を誘ってくれたの? そんな挑発的なカッコして、コロンの匂いまでさせて。……もしかして、俺を誘惑しようとしてる? 彼氏から俺に乗りかえるつもりとか」 この人、どこまで自分大好きなんだろう? きっと今までも、こうやってどんなことも自分に都合のいいようにしか考えてこなかったんだろう。「まさか」 わたしは鼻で笑い、彼をどん底に突き落とす宣告をした。「貴方が、その大事な彼を貶めるようなことをしたから、反撃しに来たんです。貴方が裏アカまで作って、彼に嫌がらせをしてきたから。わたしが分からないとでも?」「……っ、このアマ……」「ちゃんと調べはついてるんですよ。だからわたし、逆にそのアカウントを利用しようって考えたんです。貴方の本性を、ファンのみなさんにさらけ出すために。こうやって誘い出せば、プレイボーイの貴方のことだから食いついてくれるだろうと思って。でもまさか、こんなにホイホイ誘いに乗ってくるなんて思わなかった!」 ここまで上手く引っかかってくれるなんて思っていなかったので、わたしは笑いが止まらなくな
――わたしと〈U&Hリサーチ〉の二人で決めた作戦は、小坂リョウジさんの裏アカウントにDMを送り、真弥さんがそのアカウントをハッキング。彼をウソの誘い文句でおびき寄せて二人で会っているところを真弥さんに乗っ取った彼の裏アカでライブ配信してもらい、彼が本性を現したところでそのことを彼に暴露するというもの。よくTVのバラエティーでやっているドッキリ企画に近いかもしれない。 万が一のことを考えて、わたしは内田さんと真弥さんと連絡先と名刺を交換した。貢の携帯番号も教え、わたしの身に危険が迫った時には最終手段として彼に知らせてほしい、と内田さんにお願いした。 この作戦については話していないけど、調査については貢にも伝えてあった。調査料金として五十万円を支払ったことには、「そんな大金を払ったんですか!? 絢乃さん、金銭感覚バグってるでしょう絶対!」と呆れられた。わたし自身もそう思うけれど、彼を守るためなら一億円出したっていい。彼の存在は、決してお金には代えられないから。 顧問弁護士である唯ちゃんのお父さまにも、小坂さんを訴える準備をして頂いた。真弥さんにもらった調査内容はその証拠としてお預けした。ただ、正規ではない手段で手に入れた情報なので証拠能力がどうなのかは分からないけれど……。 ――そして、作戦決行の日が来た。 その日は土曜日で、貢には前もって「ちょっと用事があるから」とデートの予定を外してもらった。 内田さんの事務所を訪れてから決行日までの数日間、わたしの様子がおかしかったことは彼も気づいていたかもしれない。もしかしたら彼は、わたしの浮気を疑っていたかもしれないけれど、その心配なら皆無だ。内田さんには真弥さんという可愛い恋人がいるわけだし、わたしには貢しかいないのだ。 SNSでの誹謗中傷は、もうこのネタが飽きられていたのかパッタリ止んだ。その代わり、真弥さんが調べてくれた小坂さんのある情報が、Xで拡散されていった。彼はお付き合いしていた女性と破局するたびに、リベンジポルノを仕掛けていたらしいのだ。――これもまた、三人で練った作戦の一部だった。 普段よりちょっと露出度高めの服装をして、わたしは新宿駅前でターゲットを待ち構えた。少し離れた場所では、自撮りするフリをしてアウトカメラでスマホを構えた真弥さんと内田さんも待機していた。「――CM撮影の時以来かな